Metarhizium属糸状菌の新機能とアザミウマ類の防除

西日本短期大学 清水 進

1.はじめに

昆虫に病原性のあるMetarhizium(メタリヒジウム)属糸状菌は熱帯や温帯地域などに広く分布し、その宿主域は広範囲の昆虫に及ぶ。後に食菌作用や免疫などの研究でノーベル賞を受けたメチニコフ (Ilya Ilyich Mechnikov, 1845~1916) は、野外昆虫よりMetarhizium anisopliaeを分離してコガネムシの防除試験を行い、害虫の微生物的防除に初めて成功した。この菌の分生子(胞子)は最初緑色であるが、次第に暗緑色に変化し、分生子に覆われた罹病虫も同様に変化することから我が国では黒きょう病菌と、欧米ではgreen muscardineと呼ばれている(図 1)。Metarhizium属糸状菌は、害虫の微生物的防除において最も早く利用され、現在でも盛んに開発されている。昆虫病原性糸状菌の中では、宿主範囲が広い白きょう病菌Beauveria bassianaとM. anisopliaeを主剤とした製剤が圧倒的に多く、世界各国で使用されている(表1)。

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2.昆虫病原性糸状菌の感染メカニズム

昆虫病原糸状菌の感染メカニズムは他の昆虫病原微生物(細菌、ウイルスなど)とは大きく異なる。すなわち、糸状菌の分生子が昆虫クチクラへの付着し、菌糸が体内に侵入し増殖して致死させる(図 2)。したがって経皮感染が可能になり、他の微生物では防除が難しい吸汁性昆虫(アブラムシやカイカラムシ類など)の防除も可能になる。このことからMetarhizium属糸状菌はマラリアを媒介する蚊の防除にも応用され、蚊からのマラリアの伝搬率が75%減少すると推定されるなど衛生害虫への応用が期待されている。

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3.Metarhizium属糸状菌によるミナミキイロアザミウマ類の防除

 ミナミキイロアザミウマThrips palmi Karnyなどのアザミウマ類は、農作物を摂食加害するとともに、トマトえそウイルスなどの媒介も行う農業害虫である。同虫に対する防除は、化学薬剤単独では困難なため、耕種的および生態学的方法も組み合わせた総合防除が行われている。しかし、一世代の短さや多産性から化学殺虫剤に代わる新たな防除資材が求められている。

 ミナミキイロアザミウマの天敵微生物の検索はLecanicillium属、Beauveria属およびPaecilomyces属などに限られており、Metarhizium属糸状菌の菌株では僅かに調査されているにすぎなかった。そこで、我々はMetarhizium属糸状菌を含む数種の糸状菌を用いてミナミキイロアザミウマに対する病原力を調査したところ、Metarhizium属糸状菌において多数の強い病原力を示す菌株を得た。その中より、病原力が強く、分生子形成能が高く安定している菌株を選抜して各種試験を行った(表 2)。

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今までに得られた菌株の中で、 Metarhizium sp. SMZ 2000株(パイレーツ粒剤の主成分)は、同成虫に対して、107/mlの分生子濃度で2日後には60~80%、4日後には100%の死亡率を達成し、分生子形成能も高く安定していた。B. bassianaの中で強い病原性のある菌株と比較しても、Metarhizium sp. SMZ 2000処理区の殺虫速度は極めて早かった(図 3)。さらに、ネギアザミウマとミカンキイロアザミウマに対しても同様な効果が認められ、圃場試験でも効果が認められた。このことから、同菌株を主剤とする微生物殺虫剤(パイレーツ粒剤)が開発された。同剤の殺虫活性と安全性ならびに土壌中での安定性などから、アザミウマ類の被害軽減に繋がるものと期待されている。

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4.Metarhizium属糸状菌の新機能

今まで昆虫を対象として研究されてきた昆虫病原性糸状菌の多くが、植物のエンドファイトとして機能していることが次々と明らかになってきた。Metarhizium属糸状菌は植物の根圏に生息しており、同時に昆虫に病原性を有している。 Metarhizium属糸状菌の分生子を植物の種子あるいは苗に処理した場合の効果については様々な報告があるが、それらは害虫への影響と植物の生育促進の二つに大別できる。まず、害虫への影響であるが、オウシュウトウヒの苗に処理した場合、根圏においてM. anisopliaeは増殖し長期間にわたってキンケクチブトゾウムシをコントロールする。M. anisopliae 分生子をトウモロコシの種に処理した場合、処理区(9.6 Mg/ha)の収量が無処理区(7.6 Mg/ha)より大幅に増加した。これは、トウモロコシの害虫であるハリガネムシをコントロールできた結果と考えられる。セイヨウアブラナの第4葉に処理した場合、処理しない葉、葉柄および茎よりM. anisopliaeが再分離され、処理しない葉におけるコナガが有意に死亡した。ソラマメの種子に処理した場合、エンドウヒゲナガアブラムシの増殖が有意に低下した。

つぎに、植物への影響であるがM. anisopliae分生子をトマト苗 (播種後14日) に処理した場合、 根などに成長促進が認められ、 根およびシュートなどから再分離される。土壌にM. anisopliae菌糸を混和して大豆を生育させたところ生育が早まり、塩類ストレス条件下ではその効果が一層顕著に認められる。スイッチグラスの根にM. roberstii分生子を処理すると根毛が著しく促進される。

最近の研究では、Metarhizium属糸状菌は植物のエンドファイトあるいは植物病原菌から進化したものと推定されている。昆虫への病原性に関連した遺伝子をどのように獲得してきたかに興味がもたれる。M. anosopliaeは広範囲の昆虫に病原性を有するが、M. acridumはサバクトビバッタに特異性がある。昆虫のクチクラの分解に関与するトリプシンの両者の遺伝子数は、それぞれ32個と17個で、2倍程度の差があり、他の糸状菌と比較すると6~10倍多く遺伝子を有している。このことから、昆虫への病原性に関与する遺伝子数を増加させているのもその理由の一つであると推定されている 。

5. おわりに

Metarhizium属糸状菌のエンドファイトとしての研究は少なく、始まったばかりと言うことができる。しかし、Metarhizium属糸状菌は根圏に高密度で生息することから応用価値は高いものと考えられる。例えば、種子に様々な微生物を処理し、根圏微生物相を操作して植物の病気を防除する技術はすでに実用化されているが、その対象に害虫を加えた病害虫防除剤の素材としてMetarhizium属糸状菌が仲間入りすることも比較的早く実現でき、 新しい病害虫の微生物的防除法の確立に寄与できるものと考えられる。

参考文献

清水 進(2014)  Metarhizium属糸状菌の最近の研究動向 -分類と新機能を中心として-   蚕糸・昆虫バイオテック 83: 153-158.

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